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東京地方裁判所 昭和53年(特わ)2658号 判決 1979年2月16日

主文

被告人Tを懲役一年及び罰金一、〇〇〇万円に、

被告人Sを懲役八月及び罰金六〇〇万円にそれぞれ処する。

被告人らにおいてその罰金を完納することができないときは、金五万円を一日に換算した期間、その被告人を労役場に留置する。

被告人両名に対し、この裁判確定の日から三年間、右懲役刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人T、同Sは、共同して、東京都立川市柴崎町外六ケ所に店舗を設け「J」等の名称でバーを営業していたものであるが、被告人両名の所得税を免れようと企て、共謀のうえ、売上の一部を除外し、かつ、右のうち四店舗の所得については従業員名義で所得税の確定申告するなどの方法により所得を秘匿したうえ

第一  昭和五一年分の被告人Tの実際の総所得金額は八五、八九一、三三三円あつたのにかかわらず、昭和五二年三月一四日、(所轄)税務署長あてに、同年分総所得金額が二七、二四三、七六〇円でこれに対する所得税額が一一、〇八九、六〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を郵送して提出し、もつて不正の行為により同年分の正規の所得税額四九、九六七、五〇〇円と右申告税額との差額三八、八七七、九〇〇円を免れ

第二  同年分の被告人Sの実際の総所得金額は五七、〇九四、二二三円あつたのにかかわらず、前同日、前記(所轄)税務署長あてに、同年分の総所得金額が四、二二八、四四九円でこれに対する所得税額が六〇七、五〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を郵送して提出し、もつて不正の行為により同年分の正規の所得税額二九、六五三、三〇〇円と右申告税額との差額二九、〇四五、八〇〇円を免れ

たものである。

(証拠の標目)<省略>

(租税逋脱犯における逋脱所得の算定につき推計計算を行なうことの許否)

一検察官は被告人等の昭和五一年中の逋脱所得中に雑収入三、〇三七、八六九円が存在する旨主張する。その証拠として提出された収税官吏A作成の雑収入調査書、及び収税官吏の被告人Sに対する昭和五二年一二月一二日付質問てん末書によれば、右雑収入とされた内容は、被告人等の共同経営に係るキヤバレー各店舗において、ホステスが無断欠勤した場合に、同人に支払う歩合から差引いた金額(いわゆる罰金)とか、ホステスから徴収した名刺代、ドレス代や、現金の過不足があつた場合の精算等であつたことは認められるが、しかし、その計算方法につき、各店舗別の収支計算書、営業日報には月により記載されていない部分があつたので、被告人Sが収税官吏に対して「現金過不足やホステスの無断欠勤はどこの店でも毎月ありますが、その金額については、今となつては私もはつきりしたことはわかりませんので、店ごとに書いてある月の平均の金額で計算して頂ければ、ほぼ間違いないと思います」旨供述しているところから、国税局係官は被告人等の経営する店舗のうち、(一)、立川店に対しては物証(収支計算書、営業日報)によつて実額である二月分八三、三七〇円、三月分六七、三九〇円、四月分五二、一九〇円、五月分三、七七二円、六月分一九、四〇〇円、七月分一三、九七八円、一〇月分一七、五六〇円、一一月分一九、一五〇円、一二月分三四、八五〇円の合計九ケ月分三一一、六六〇円が判明しているところから、その金額を九ケ月で除して不明月分を一ケ月当り三四、六二八円と推計し、端数を切捨て月額三四、〇〇〇円と推計計算し、同様に、(二)、中目黒店に対しては実額四月分六八、二〇〇円、五月分二二、〇〇〇円、六月分四〇、〇〇〇円、一〇月分六七、七三〇円、一一月分七五、四八〇円、一二月分一二四、七二五円の合計三九八、一三五円を六ケ月で除した六六、〇〇〇円(六六、三五五円)を、(三)、(サロンU)小山店に対しては実額四月分二、七九〇円、五月分△五四〇円、六月分四〇、五二〇円、七月分一五、八五二円、一一月分四五、一五〇円、一二月分三一、九九三円の合計一三五、七六五円を六ケ月で除した二二、〇〇〇円(二二、六二七円)を、(四)、町田店に対しては実額五月分△三八、六五五円、六月分五三、八〇〇円、一〇月分二二六、七二七円、一一月分二二四、七三〇円、一二月分一七四、七五〇円の合計六四一、三五二円を五ケ月で除した一二八、〇〇〇円(一二八、二七〇円)を各推計して不明月分の一ケ月当りの雑収入金額を推計計算し、右金額を不明月数に乗じたうえ、それと物証(収支計算書、営業日報)によつて判明している前記各月の実額とを合計して(一)、立川店につき四一三、六五〇円、(二)、中目黒店につき七九四、一三五円、(三)、(サロンU)小山店につき二〇一、七六五円、(四)、町田店につき一、〇二五、三五二円を年間雑収入額(但し、(サロンU)小山店、町田店については各三ケ月分のみ推計)と算定したうえ、別に(Y)小山店に対しては五月分△四、六五〇円、六月分四、六〇〇円、差引合計△五〇円、蒲田店に対しては一一月分一〇〇円、一二月分二七、一九七円の各実額のみをそれぞれ算定し、また、男子従業員の給料より控除した寮費等五七五、八二〇円の実額を加算した総合計金額三、〇三七、八六九円をもつて昭和五一年分雑収入金額を算定したものであることが認められる。

しかして被告人Sは、検察官に対しても、前掲収税官吏A作成の雑収入調査報告書につき、前記国税局係官に対するものとほゞ同一の供述をなし、収支計算書に記載のない月もあるが、雑収入があつたことは間違いないが、今となつてはそれを明らかにできないし、その方法もないので国税局係官が一ケ月平均の雑収入を計算したのである旨供述している。

二しかるに被告人Sは当公判廷において、ホステスが無断で休んだり、遅刻したりすると罰金を取つていたが、それはノートにつけてなかつた月もあり、また、そのノートに赤字(註△)となつている月があるのは、店により客に対し釣銭を間違えて多く渡してしまつたときにそれを認めてやつた分であると供述したうえ、釣銭の間違いは店によつて違うし、一率にいくら位といえないと述べ、また、ホステスは日給であつて歩合収入は人によつて異なるし、無断欠勤等をしたとしても事情によつては徴収したりしないこともあるし、いわゆる罰金の額は毎月一定しているわけではないと供述している。

更に、店により月によつてその金額にバラツキがあるが、どのくらいの差があるかわからないし、毎月平均いくら位ということもわからない、この調査表は国税局係官が推計して計算してくれたものであるが、実際の金額は毎月この金額よりも多いか或いはそれ以下であるかとかいうことについてもわからないと供述している。

共同経営者である相被告人も、当公判廷において無断欠勤による歩合の没収も月により相当バラつきがあるが詳しいことはわからないと供述している。

三、そこで右調査書を仔細に検討するに、(一)立川店については、その判明していた実額をみると、最低額が五月分の三、七七二円であるのに対し最高額は二月分の八三、三七〇円であつて、その開差は二〇倍を超えており、(二)中目黒店については最低額が五月分の二二、〇〇〇円であるのに対し最高額は一二四、七二五円であつて約六倍の開差がある。更に、(三)小山店(サロンU)については最低額△五四〇円に対し最高額は一一月分の四五、一五〇円であり、(四)町田店にあつては最低額四月分△三八、六五五円、最高額は九月分の二二六、七二七円であることがそれぞれ認められる。

また、△とされた金額は、被告人Sの当公判廷における供述によれば、被告人からホステスに対し同女が誤つて客に手交した釣銭の過払分の返戻金額であることが認められる。

更に、本件雑収入とされた無届欠勤の場合における、いわゆる罰金の徴収については、前掲被告人Sの当公判廷における供述によれば、ホステスが日給支払いであり、無断欠勤しても事情により徴収しないこともあること、その徴収の額もホステスにより歩合額が異なることから人により金額が一定でなかつたことが認められる。

そうすると、釣銭の誤払いとか、いわゆる罰金額についても、右のような事情が存すれば、合理的な金額の算定に至つて困難であり、また、そもそも、かかる金員の性質上からいつても、店舗の釣銭の誤払いによる現金過不足が毎月幾何あつたとか、日給のホステスが月に何回無断欠勤等するかなどということは、他の判明した月を基準としたとしても、本来、推認し得ないか、或は非常に困難であるといわねばならない。

従つて、本件は果して単純に前記のような月割による平均額をもつて推計計算することが一体可能な事案であつたかどうかは大いに疑問があるといえよう。

また、被告人Sにおいて、無届欠勤等によるいわゆる罰金徴収や現金過不足の精算は、いずれの店舗でも存在していたと供述していながら、検察官は(Y)小山店や蒲田店では判明した実額二ケ月のみを以て雑収入として計算し、他に何ら推計計算を行なつていなかつた事実も認められるところである。

右によれば、本件雑収入とされた金額のうち、判明した実額を除いたところの、ホステスから徴収したいわゆる罰金額とか、現金過不足額の精算等の金額については、一応は存在するのではなかろうかとの疑いはあるが、しかし、右各証拠を以てしては、果して検察官の主張するような各月の金額が少なくとも確実に存在したとか、或いは、それ以上の金額が確実に存在していたということは必ずしも推認し得ないのみならず、かえつて、月によりその金額以下の存在さえ充分推認し得るのである。

ところで所得税法第一五六条は、所得計算にあたつて推計課税を許容しており、その方法も合理的な計算による限り妥当とされているが、同条は当該推計によつて得られた所得金額が、真実の金額(実額)に合致するか否かを問わず、これに合致するとの一応の蓋然性の存在をもつて適正な課税標準として是認することにあると解されている。しかし、それは税務署長において課税負担公平の原則上、納税義務者の申告にかかる課税標準額ないし税額について信頼を措き難く、他方課税のための十分な直接資料もない場合に、これを放置し適正な課税権の行使を怠ることは許されないために、当該更正処分をなし得べき直接資料を把握できないとき、これに代わる合理的な補完のための資料として、間接事実、基準率等を用いることが許容されるのであるが、それは税務署長に認められた行政上の処分(更正・決定)においてのみ認められるに過ぎない。これに反し刑事処分においては、その本質上、逋脱所得の認定については実額によることを要し、その存在につき一応の蓋然性の程度を以つてしては足りないものと解すべきである。

しかしながら、刑事裁判においても事実認定の方法として推認による場合があるが、しかし推計課税の場合と推認とは両者全く異なる問題である。推認の多くは、間接事実を総合し経験則を適用して罪となるべき事実を認定するのであるが、しかし、その場合、推計課税のような一応の蓋然性の程度をもつてしては足りず、その存在につき確実な心証を得る程度を必要とするものといわねばならない。

これを本件についてみるに、叙上認定のように、本件雑収入とされた金額のうち、不明月分の推計金額については、その存在が確信を得る程度に推認し得ないので、本件逋脱所得金額から控除することとする。

そこで、(一)立川店については一ケ月推計額三四、〇〇〇円の三ケ月分一〇二、〇〇〇円、(二)中目黒店については同六六、〇〇〇円の六ケ月分三九六、〇〇〇円、(三)小山店(サロンU)については同二二、〇〇〇円の三ケ月分六六、〇〇〇円、(四)町田店については同一二八、〇〇〇円の三ケ月分三八四、〇〇〇円の合計九四八、〇〇〇円を各被告人の各負担部分(被告人両名は共同経営であつて被告人Tは六割、被告人Sは四割の割合による収益分配があると各供述しているので、右の割合によつて算出する)に応じて各実際所得金額から控除することとした。

(法令の適用)

各被告人につき

所得税法二三八条(懲役刑および罰金刑併科)、刑法六〇条。

罰金刑につき刑法一八条。

懲役刑につき刑法二五条一項。

よつて主文のとおり判決する。

(松澤智)

別紙(一)、(二)計算書<省略>

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